DEEPにVTuberを考える

VTuberが好きな私が色々と書きます。

「喰改めろ」の視点

こんばんわ、ヴェンデッタです。

最近広告に乗せられて「非人類学園」ってスマホゲームを始めました。

DOTA系のゲームは初めてなんでイマイチ動きがつかめない感じしますね。

まぁ適当にやります。

 

 

 

 

 

 

・喰改めろというVTuber

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喰改めろ♡̷🧠𝑉𝑡𝑢𝑏𝑒𝑟 (@meromero_v) | Twitter

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喰改めろというVTuberがいます。

80年代アニメテイストのアバターがとってもキュートな彼女ですが、自己紹介すら上げないマイペース運用で半年近く経った今での登録者数はやっと500を突破したレベル。

しかしながら「基本的な行動原理がヤンキー的」「人を殴るのってレジャーとか言っちゃう」「そもそもVTuber始めた理由が不純」などなど問題の塊のようなクソ野郎なのです。

具体例

 そんなヤンキー女の模範のような彼女ですが、クリエイターでありアーティストでもあります。

基本的にエキセントリックで暴力的な言動が目立つ彼女ですが、一人のクリエイターからの視点で語った考え方がとてもカッコよかったので最近の配信の中の発言をピックアップしてみました。

 

 

 

 

 

 

・「曖昧な関係性こそがバーチャル」

年末に行われた「バーチャルフリーク」の話をしているときに出た言葉です。

彼女自身も縁があったのかこのイベントに参加してみての感想の中で「顔出しってどうなの?」という話題に対してです。

実際に顔合わせをして「私がVTuberの〇〇です」と名乗るのはもうその時点でバーチャルもクソも無くて、それはスタンスとしてそれはどうなのか?って考えですね。

VTuberのイベントでも安易にリアルイベントするんじゃなくてバーチャル上でしか出来ない独自の強みがあればいいと言っています。

その上で語ったのは「バーチャルの関係っていうのはそこに誰がいるのか分からないし実際どういう人なのか分からない、そこがいいのであってその部分をはっきりさせてしまうのはそれは違うのではないんじゃないか?」って言葉。

 

SNSで仲のいい相手でも実際に会わない限りはその人が本来はどういう人なのか分からないですし、会う会わないというだけで大分印象が変わります。

その印象を決定づける事項が曖昧な状態で付き合うのがバーチャルの良さであってそれを取り除いたらそれはバーチャルとは言い難いんじゃないか?っていう話ですね。

別にリアルイベントをdisるんじゃなくてVTuber同士で顔出して名乗りあっちゃうことに対してそれはどうなのかってことです。

 

 

 

 

 

 

・人気者になるということ

彼女自身バズる気が全くないのはチャンネルの動画一覧を見てもツイッターの言動を見てもよくわかると思いますし彼女自身の口からも「バズる気はさらさら無い」とも言っています。

じゃあ何故バズる気ゼロなのか。

「人気者になるっていうことは自分を理解していない人間の意見も飛んでくるってことじゃないですか、それってきしょいじゃないですか。」

自分を理解していない人間、それは「これこれこうして欲しい」と言ってくるめんどくさいファンだけではなく企業のコンサルタントやスポンサーの意見も含まれます。

そういう自分のしたいことをやりたいことを理解しないで意見を出す外野の意見も取り入れないといけないということが煩わしい、枠にはめられる感覚なんでしょうね。

そしてその上で彼女は「アーティストは孤独じゃないといけない」とも語っています。

自分の好きなものを研ぎ澄ますということはその行為自体孤独になりがちなことで、人気者になるということはそれ以外の要素(VTuberでいうならゲーム実況したりTwitterで他のVTuberと交流したりなど)を取り入れないといけなくなる、それが煩わしいんだそうです。

 

VTuber界隈自体配信初心者の方が非常に多くてせっせと自身の活動に勤しんでるとどうしても孤独になりやすいと思います、特に動画制作メインの方なんかがそれに対して悩んでいる姿をよく見ると思います。

他のVTuberがコラボやらなんやらで仲良くやってるのに自分だけまるで世界に取り残されたような感覚になって潰れそうになるのはあるあるネタなんでしょうね、そこに対しての彼女の向き合い方じゃないでしょうか。(まぁ喰改めろ自体大分尖った感覚を持っているので真似しにくいですが)

 

 

 

 

 

 

・売れたいと思った時点で小物

彼女の言うアーティストとは何か。

「アーティストっていうのは数字なんて気にしないし「何時だって自分のセンスを信じていて自分の好きを研ぎ澄ましてる人」でしょ?」

常に自分のセンスに対して自信があってそれを研ぎ澄ましてる彼女だから言える言葉なのかもしれませんね。

その自分のセンスが信じられないから他人からの評価に頼ってしまう、その上で言うと売れたいと思った時点で小物なんだそうな。

大分キツい言葉ですが、研ぎ澄ました自分のセンスにだけついてきてくれればいいという感覚はアーティストとしての姿で見ればとってもカッコイイです。

そして人気者になるということと自分のセンスと研ぎ澄ますことはイコールで繋がりません。

その上で「自分の好きを表現できるのなら別に人気にならなくてもいい」とも語っています。

それを研ぎ澄まして発表し続けてそのセンスについてきてくれる人がいればいい、別に人気になる必要はないしその為に別のことにリソースを割くのは無駄って考えなんでしょう。

 

ミソシタの歌詞に通じるものを感じます。

ひたすらに自分の好きなものやセンスを研ぎ澄ましてそれに対して数字的な評価をの見返りを求めないというのは私の過去の記事でもありましたね。

deepthinkvtuber.hatenablog.com

 そしてその数字的な評価に対して他のに劣っている状況でネガティブになっているVTuberに対して彼女は「小物ってか弱いんだよ」と突っぱねています。

自分の表現に対してそのセンスを好いてくれた人や信じてくれた人に対して時間を割くべきであって、数字的な他者の評価に目線を動かすのはナンセンス。

カッコいいですが、非常にキツイ茨の道でもあります。

 

 

 

 

 

 

いかがでしたでしょうか?

彼女の直近の発言の中でピックアップさせてもらいましたが、彼女のアーティスト観は本当にカッコいい。

私がVTuberの世界に入って本当に良かったと思うことは「様々な尖った考え方、自分とは違う世界の考え方」に触れるとこが出来たというところです。

特に現バーチャル一般人の「millna」の考え方や視点の話は本当に触れられてよかったと思います。

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VTuberの「ガワ被った配信者と大体同じでしょ」って考え方を最初に砕いてくれた方で、去年の頭に動画で聞いた「魂の姿の話」はVTuberを語る上で欠かせないものだと今でも私は思います。

そんな尖った話や全く違う視点の話が出来る人がたくさんいるVTuber界隈だから様々な刺激になる話が聞けるんだと思いますし、そういういい意味での闇鍋的なものは大事にしていきたいですし広めていきたいですね。

 

まぁそれはそうとして喰改めろのVTuberを始めた理由VTuberになった元カレを破壊するため」なので宣伝するのはちょっとやめた方がいいのかもしれないですね。

今回の記事の言葉も元カレが服や毛布を返してくれないだとか痴話喧嘩LINEの音読だとか尊師ラップ(オウム真理教的な意味で)などを掻い潜ってのそれなの正直人に勧めるのはやめたほうが賢明でしょう。

VTuberになった元カレとは?大晦日大暴れスペシャルの24分ジャスト頃にシークバーを合わせればいいんじゃないでしょうか?

 

以上、ヴェンデッタでした。